院生の日記

思ったこととか出来事を書きます。

7/29

ブログを書いて数学をやるぞ!という気持ちになって大学行ったらやる気がぜんぜん起きなくて、コーヒーが切れていたので列車に揺られに含めて長久手のイオンへ行った。

地下鉄で藤が丘→リニモ長久手古戦場リニモはやっぱり静かだし乗り心地もよいし人も少ないし、乗っていて楽しい。長久手のイオンはとても大きかったけど、KALDIで豆を買っていろいろうろついても、数学のやる気は起きず、人も多くて疲れたので、適当に鉄道へ乗りに行くことにした。

長久手古戦場から八草までリニモ、そこから愛知環状鉄道高蔵寺まで。リニモはほんと静かに森の上を飛んでいる感覚が楽しい。愛知環状鉄道は乗ったのは2回めだけど高蔵寺方面は初めて。

高蔵寺からJRで名古屋市内へ戻るつもりだったけど、最近JR東海でもICカードなら大回りができるというのを思い出して、太多線経由岐阜まで回って名古屋へ戻ってきた。時間がかかるけど単線ディーゼルは雰囲気が出る。

後は金山で牛丼くってバスで自宅へ戻った。数学は明日自宅でやることにしてそろそろ寝よう。

昨日の夜は久しぶり(といっても2日ぶりくらい?)に酒を飲んだ。大学から家へ帰る気力がなく、途中で財布をなくしたことに気づいて某カフェへとりにいったりしてたりして、家へは10時くらいについた。そこから軽い夕食と飯を食べて酒を飲んで寝た。久しぶりに酒を飲むと酒のありがたみを感じて幸せになる。

 

「生きた数学の世界」というようなものがあると思う。数学に限らず何らかの発見的な学問だったり創造的なものだったりギターやらピアノやらの音楽や芸術的なものだったりに対して共通すると思う。よく使う言葉で言うと「熱中する」「夢中になる」「没頭する」というのが近いかもしれない。けれど日常とは別の地平の動脈として自分を一体化させる、といったほうが自分の実感に近い。例えばふと数学をやっていると、調子がいいときは数学をやっていることを忘れて単にその「生きた世界」に触れてつながって一体化しているという実感が湧く。数学やら芸術やらいろんなことに真剣に打ち込んでいる人たちは、普段からそういう生きた世界と日常世界のパイプが太いのだろうけど、自分は怠け者なので、ごくたまに調子がいいときに、思い出したように別の世界とのつながりを感じる。

まともに数学をしようという強い意志があれば、数学ができる(かの世界に触れられる)というのは、実はとてもすごいことなのではと最近思っている。いつでも旅たとうと思えばキラキラしてみえる世界とつながって一体化することができる。じゃあどうして自分は数学をいつもやっていないのかという話になる。この問題は前々から思っている「数学をやることが自分にとってどういうことなのかよく把握できない」って個人的な悩みとほぼ一体なものだと思う。

 

というわけで数学が何なのかよく分からないけど、数学をやろうとし続ければたまに数学に触れられる気がするので、そいういう一瞬のきらめきを目指して日々やっていくのがよいのだろうなあ。とりあえずはもうすぐの院試への不安を減らすための勉強を今はしないといけない。

7/26

院試で過去問を解いていると、めんどくさいはめんどくさいんだけど、「まとまった時間集中して数学をする」という普段だらけてほとんどしない経験ができるのはよい点だと思う(ほんとはいつもそうするべきなんだろう)。普段数学をするときも、ある程度ちゃんと時間と目標を決めて集中してやったほうがよいのかもしれない。いつもだらけて惰性で数学してしまう。

 

というわけで過去問を解いたら無意味にテンションが上って楽しくなって、おそらくそのせい(と試験への不安)で夜寝付けず、夜中になんども起きてしまった。そろそろ生活習慣をまともにしないと試験日アレだと思ったので7時起きにしたけれど、今日はもう眠くなる気しかしない。

7/25

家で昼飯を適当に食べたら、気づいたら発泡酒を飲んでいた。昼に酒を飲むといつも頭がすぐ痛くなってしまう気がする。もう昼酒はやめよう。

 

昼過ぎに大学へ行く前に何となく市販の精神鎮静剤ウットを一錠飲んでいったけど効いたのか効いてないのかよく分からなかった。大学ではずっと頭が痛くてソファーで寝転がっていただけで、ちょっとセミナーに顔を出すだけで何も数学をせずに終わった。

 

酒に本当に少し依存していそうな感じがあるので、しばらく(家にある発泡酒が切れたら)禁酒を頑張ろうと思う。

7/24

無意味な生き辛さや劣等感を感じるのは、自分に自信がないからだろうなあと最近よく考える。自信がないと、常に人を見ても自分のほうが劣っているような点ばかり目につき、人と比べて自分はなにもできないしやっていない、となってしまう。

実際落ち着いて客観的に見るといろいろと自分も優れているところがあるはずなのに、自分の優れている点は(あたり前だが)自分の中ではできて当然で、とりたてて優れていると特に感じられないのが問題だなーと思う。「自分はすごいんだ!」ということを感じないのが美徳で、自信を持つこと=他者を見下すこと、と思ってしまって、そういう感情を持つことを無意識に自らに禁じているのかもしれない。

 

院試一週間前にして過去問を初めて解いて、ぜんぜんできないなーと思いながら、なにもやる気が起きずに酒を2缶飲んで寝落ちして夜中に起きて歯を磨いて寝た。最近どうして何のために数学をやっているのかがよく分からない。

7/23

twitterをまた始めて、再開して毎日酔っ払ってよく分からない中途半端な馴れ合いじみたかまってちゃんをやっているうちにまたtwitterを消さなければという思いにかられたので消した。

多分だれも見ていないだろうこちらに日記みたいな形で適当に気が向くときに書こうと思う。

 

今日はゼミで後輩の発表を聞いた後、院試勉強のモチベがなにも出ずに、院試勉強の一種という名目で少しリー代数方面の計算とかをやっていた。

やっぱり数学は教科書的な理論とか証明とかも大事だけど、自分で具体例をいじくって遊んだり想像したり妄想したりすることのほうが本質で重要だなあとよく思う。教科書を閉じて自分でいろいろ例とか証明を考えているときのほうが数学をしている感じがするし生きている感じがする。

 

スーパーで缶発泡酒6缶セットを買って、適当に自炊して酒を1缶流し込むと、誘惑に駆られてやっぱりもう1缶飲んでしまう。一日1缶に留めることを考えると毎日スーパーで酒を1缶ずつ買うのがいいのかもしれないけど、夏は「暑いのでぬるい酒より家の冷蔵庫でキンキンに冷えた酒を飲みたい」という思いが強まってしまうので、しょうがない。

家では新しいエロゲを最近やり始めた(といってもシリーズ物なので何となく世界観は共通しているのだけど)。やり始めのワクワク感とか何かが始まりそうな感じとか新鮮な感じが一番楽しいときだと思う。後半はわりとダレてきてしまいがち、というのが自分の最近知った自分の一面。

酔いながら適当に書いているけれど、最近は早寝早起きへ向けてすこし良い感じなので、そろそろ寝ることにする。また気が向いたときに。

とりあえず

昨日は酒を飲みすぎてtwitterでいろいろ恥ずかしい振る舞いをしたので、何回目かのtwitter自殺(アカ消し)をした。

最近読んだ本の影響もあり何となくブログをやってみたくなったので、twitterよりは他者との関係とかがちょうどよいだろうと思ってやってみることにする。

ブログは何回かやったことあるけど続いた試しがないのでどうなるか分からない。

 

ブロムペリドールを一錠何となく飲んでみる。いまのところ統失の気はないと(自分では)思っているので、ドーパミンが阻害されてやたら無気力が悪化するだけな気もする。

昼飯後に奥田脳神経薬を買って飲んだ。相変わらず無気力で何もやる気が出ない気がする。

 

夕飯前に大学にあった日本酒を少しだけ飲んだ。最近毎日酒を飲んで世界から逃避している。

その後少し論文修正して数学をした。結局精神がどれほど荒んでいようと自分は数学をせずに救われることはできないなあと最近よく思う。